心の中の何かしらのモヤモヤ

心の中の何かしらのモヤモ


 
 
 
 
 
 
 
 

いよいよ、あっという間に2016年の最終日となりました。

2016年もあっという間でしたが、落ち着いて考えてみると、慌ただしさは私が作り出したもののみで、メルボルン自体は落ち着いていたということに気づきました。


私は普段、日本のニュースを日々チェックしているのですが、日本の方が、胸がドキドキするような、怖くて不安になるような、心配で頭がモヤモヤするようなニュースが多かったと思うのです。

事件や事故だけでなく、つい最近も大きな地震がありました。日本は自然災害の多い国だと思います。


日本だけでなく、同じオーストラリアでも違う州ではつい最近、激しい雨などによる浸水被害や難にあった方も出ました。メルボルンの最大に良いところは他民族や自然とシティの共存というその他のどれほど優れた美点よりも、自然災害が少ないというところがもしかしたら最大の魅力なのではないかと思います。


もちろんメルボルンでも、ブッシュファイアーという山火事のようなものに人々は注意を払っています。

夏場で40度近くにもなり、乾燥しているメルボルンでは、一気に山火事に発展することがあるので、遠出をするような時は乾燥や風などを事前にチェックします。

私がメルボルンに来たことには様々な理由が絡み合っていますが、理由の一つに2011年の大地震がありました。

この世の終わりだと感じ、治ってからも計画停電や不安な日々が続き、いつか完全な終わりが近々くるのだと思って暮らす生活は、初めてのことでもっと大変な思いをされている方が何万人といらっしゃいますが、私なりに非常に苦労した経験となりました。メルボルンに避難するような思いはありませんでしたが、地震のないメルボルンにいていつか終わりが来ると感じて暮らしていた母国での生活と、自然災害の少ない恐怖の少ない言葉も文化も違う国のメルボルンとを比べると、言葉や文化で苦労はあってもそれでも心の奥深くでなんとなくのんびりする、平和が心の奥にあるようなそんな日々を送ることができました。


お金をたくさん持っていること、大きな家や良い車を持つこと、高級ブランドの洋服やバッグを持つこと、そういったことに幸せを見出す人もいれば、日本でのキャリアを捨てて海外で一からスタートさせるような過程を楽しむ、そこに幸せを見出す人もいます。もちろん戦地の前線で命をかけて情報を伝えたいというジャーナリストの方もいれば、いろいろな感染などのリスクのある発展途上国で医療制度の整っていない国の人たちを助けようとする医師の方もいます。


2016年一番最初の記事、「幸せの形は人それぞれ違う、人生は自分の選択によってつくられる

https://sharehouse.in/jpn/sharelog/detail/7566/?preview=1」で書いた通り、他の人から見てその人が幸せかどうかは分かりません。私にとって2016年は昨年同様忙しい年だったと思います。あっという間でしたがそれでも

1年前と比べると非常に充実したいろいろな経験と学びのあった1年だったと嬉しく思います。しかし端から見たら私の生活は「いつも忙しくて自分の時間をちゃんと持てていない人」と映ることも多くあると思います。


人は誰しも幸せと苦労の両方を感じながら生きていると思います。私は苦労している時はもちろん嫌ですが、苦労のない人生はつまらないと感じたり、飽きてしまうという傾向があるので、このやや大変だなぁと感じるくらいの生活に「充実」や「幸せ」を感じます。


みなさんの一年はいかがでしたでしょうか。来年も一年はあっという間だと思いますから、もしやり残したことがあるなと長年感じていることがあるなら、もうやめたいなと思うことがあるなら、ちょっとやってみたいなと思うことがあるなら、なんでもやってみてもいいのではないでしょうか。苦労も幸せもどちらにしてもあっという間です。地震の次こそ大きいものが来るという恐怖と同様に私は、やってみたいことをやらない、やめたいことを続けるという感情は人間の体の奥深くのところで幸せ、心の安定から遠ざける要因なのではないかと思います。


良い年末年始をお過ごし下さい:)


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