情報が多い国Japan
情報が多い国Japan
日本で気づいたことの一つ。
情報量が非常に多いということ。
どこで気づいたかというと、駅のホームへ向かうために階段を登っていた時のことです。
右側通行、道を譲ろう、助け合おう、といったポスター、床には、JRまで540m、電車内ではいたるところに広告が、車内アナウンスもひっきりなしに聞こえてくる。2分程度の遅れで繰り返される駅のアナウンス。。
景色の一つとして何も感じなかった頃はなんとも思いませんでしたが、一旦情報量が多いということに気づくといたるところでそれを感じることが多くありました。なぜ日本はこんなに情報が多いのか、または他の国が少ないのか。
こんなに情報が多いのは競争が激しいからなのか。考えることが次々に出てきます。
一方、マナーについての掲示物も多く、これについてはこれがあるから、こうやって色々なところで声かけや教育があるから世界的に日本のマナーは評価されているのか。もしこういったものがなくなったら、日本はどういう国になるのか。
広告の多さはそれだけ競争が激しく、他社との差別化などにより日本の製品のすばらしさや個性は本当に素晴らしいと思います。マナーについてもやはり数年海外にいただけで忘れていることも多かったので「そういえばそうだな。」と思い出すこともありやはりあって良かったと今となっては思うのですが、正直なところ、日本に戻りたての時はその情報量の多さに疲れを感じることがありました。
トイレの話になりますが、トイレのボタン、トイレ内の掲示物などもかなり気になりました。
オーストラリアの二択式と比べ、一瞬ではわからなくなってきました。日本のトイレは非常に便利だと思いますが、その便利さ、高機能の裏側には複雑さが発生しています。
たくさんの情報はありがたい反面、人を疲れさせるようにも思います。
たくさんの選択肢があることはラッキーな一方、それに伴う悩みも生まれます。
情報が少ないことは不便かもしれません。しかし、何も情報がなければ景色を見たり、家族に電話をかけたり、何か違うことができるかもしれません。
選択肢が少ないことも最高のハッピーではないかもしれません。しかし、選択肢が少ない分、選択に迷いが少なくなります。
日本人の私にも久しぶりだと複雑な日本。。
海外の人にとっては一体どうなのだろうか。日本の個性の一つとしてそのままの道を行くか、海外の方にこれからもっとシンプルにしていくか。。
電車の中で「かさなど、忘れ物ないよう、ご注意ください」というアナウンス聞いて、世話焼きすぎじゃ?と思ったり(笑)